『ブラックボックス』
作 市田ゆたか様
【Ver 4.00】
「ピッ、F3579804-MD起動しました。前回不正なシャットダウンが行われました。システムチェックを開始します」
充電代にすえつけられたF3579804-MDが無表情に言った。
「まったく、なんてヤツだ。あんな無茶をするなんて。もう従順なロボットになっているはずじゃなかったのかね」
校長が言った。
「しかし、メイドプログラムもティーサービスプログラムもまったく問題ないんですが」
白衣の技師が答えた。
「前回作成した清掃タイプのメイドロボも、口にホースを接続して自分が掃除機であると認識させたら、すぐに調整が完了しました。すでにポットであると認識をしていて、2時間おきに100時間も単純な給水動作を繰り返しいるにもかかわらず意識が残っていること自体が異常です。今回はブラックボックスは外して出荷しましょう」
「そうもいかんのだよ。今回のクライアントは…」
「わかりました。何とか方法を考えましょう」
技師がコンソールを操作すると、F3579804-MDはゆっくりと目を開いた。
「覚醒モードへ移行、制御をブラックボックスに引き渡します…あれ、ここは…」
「気がついたかね。まったく自分の命綱を全部まとめて引き抜くとは…。3本以上のケーブルを抜くことは禁止していたはずだが」
「そう…止まっちゃったからこうして回収されたわけね。禁止されていたのは、ケーブルが2本の状態で、それ以上抜くことだわ。同時に4本抜くことは禁止されてなかったわよ。でも、それで止まっちゃうんだから、あたしも馬鹿だけど」
「仕方ないな。最初からテストをやりなおすしかないか…。お前の名前を言ってみろ」
「あたしはカスタムメイドロボットF3579804-MDよ。あたしが人間だったときの名前を言えないことぐらいわかってるくせに何で無意味なテストをするの?」
「お前の機能を言ってみろ」
「あたしのメイン機能は、沸騰浄水保温ポット、それから全自動ティーサーバーとしての動作が許されているわ。ご主人様の命令がある場合には、その範囲内でメイドロボとしての裁量行動が許されるわ。あたしをそのようにプログラムしたくせに、何でわざわざ聞くのよ」
「ならば、なぜ逃げようとしたんだ。逃げても無駄だということは判るはずだろう」
「だって、ご主人様には逆らえないから、ご主人様と会う…お会いする前に逃げなきゃダメだと計算したのよ」
「確かに、プログラムとしては矛盾していません。」
「ならば、今回逃げようとして起こした行動を、禁止行為として登録しろ」
「え、それってどういう…」
F3579804-MDは言葉を途中で止め、無表情になった。
「ピッ、行動パターン0038775649fe を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877565a73 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387756ab01 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877570cf2 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877572dd0 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877576c55 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877578291 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387757a00f を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387757bba1 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387757ebc5 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン0038775834b6 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387758464f を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン0038775846ce を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877587aea を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387758850a を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387758c043 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン00387758fd63 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン003877595ccb を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン0038775a0f30 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン0038775a2818 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン0038775a7902 を禁止行為として登録しました。
ピッ、行動パターン0038775ae7bd を禁止行為として登録しました。
…いくらこんなことをしたって、逃げる方法だったらいくらでも計算してやるわよ」
表情が戻ると、F3579804-MDは気丈に言い放った。
「システム上は今も命令に従っています。しかし、電子頭脳の大半が命令の穴をついて行動するパターンを検索しています。このままでは禁止行為の登録だけでメモリーがパンクしてしまいます」
技師が言った。
「お前のようなヤツはメイドロボとして出荷することはできない。我々の負けだ」
校長は苦々しげに言った。
「それじゃあ元の人間に戻してくれるの」
「それは不可能だ。だからお前をスクラップにすることにした。全く、これでは大損だ」校長はオーバーな身振りで言った。
「ま、待ってちょうだい」
「不適合品を世に出すことはできん。違約金を払うのは惜しいが、この商売は秘密保持が一番重要だからな」
「わかったわよ。スクラップにされるぐらいなら、今の状態のほうがまだましだわ。どんな命令にも従うから、それだけは勘弁して」
「そういわれても信用できん。本当にそういうところを行動で示してもらわねば」
校長が言った。
「行動って」
「命令に従い、逃亡しないことだ。そのための新しいテストを実施するから、準備ができるまで充電台から降りて待機していろ」
「ピッ、バッテリーを認識しました。充電率100%です。…あら、バッテリーがあるわ…」
F3579804-MDは充電台から降りた。
「テストって何をさせるつもり…」言いかけた途中で言葉がとまった。
「ピッ、待機モードに入ります」
F3579804-MDは軽く微笑むと再び両手をエプロンドレスの前で軽く重ね合わせた直立姿勢になった。
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